MINASE

「100年後も語り継がれる時計」を、という想いを込め専門の職人の手によって、一つ一つ秋田県南部の湯沢市皆瀬(みなせ)で作られる協和精工の「MINASE(ミナセ)」。
きれいな水と空気、緑豊かな自然に囲まれるその地は、時計づくりの聖地スイス・ジュウ渓谷に似ていると言われます。しかし、本場スイスでさえ忘れ去られようとしている、非常に手間暇のかかる金属部分の下地処理「ザラツ研磨」や、ユニット交換という現在の生産効率重視の流れに逆らう全パーツ交換・修理可能とする「MORE構造」を採用するなど、日本の職人ならでは技術力が特徴です。2018年4月、ついに非常に目利きの多いスイス・ジュネーブの高級時計専門店「ラ・メゾン・ド・オロジュリー」で取扱いがスタートし、秋田県産の腕時計が世界に羽ばたき始めています。

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スイスのジュウ渓谷にも似た、秋田県皆瀬(みなせ)で具現化される日本人のモノ作りの精神

2018年ついに機械式時計の本場、スイスでの販売を開始した秋田県産クラフトウォッチ「ミナセ」。時計業界においては、スイスを中心に世界的規模で企業の資本力強化、合併やグループ化が進行する中、あえて一地方の中小企業である「協和精工」社が本格的機械式時計製造にチャレンジ。100年後も語り続けることのできる時計を目指し、今や時計作りの本場スイスでも忘れ去られようとしている幻の研磨技術「ザラツ研磨」や、手間暇がかかりすぎて他社ではあまり見かけなくなった全ての外装部品を何度でも分解組立できるように「MORE構造」を取入れ、今もどのグループにも属さず独自に設計をしています。

元々は工具を作ることを専門としてきた異業種からの参入で、独自性を保てる一地方メーカーだからこそできる「反・効率重視主義」へのチャレンジ。「鏡面仕上げ」や「組木細工」など、我々日本人が誇りにしてきた日本の伝統技術や職人魂を腕時計の世界で具現化するミナセ。世界中の機械式時計ファンを驚かせるポテンシャルを秘め、今日も秘境の地で黙々と職人たちが時計作りに励んでいます。

大手国産メーカーに対する反骨精神がミナセ誕生のきっかけ?!

1963年に秋田県羽後町出身の先代、鈴木耕一氏が協和精工社を創業。叩き上げの先代が作る工具は、精度と耐久性に優れ瞬く間に評判となり、その技術は各時計メーカーからも着目されるようになりました。それは、それまでサイズの違うドリルを複数回使っていたリューズ穴の加工を、たった1度で済むようにという難しい注文を受けたことでも伺い知れます。鈴木氏は当時の日本には存在しなかった高精度で長持ちする「段付きドリル」の開発に成功。その後この段付きドリルは協和精工社の代名詞ともなり、ミナセのブランドロゴにも使われております。

これをきっかけに協和精工社は時計ケースメーカーへと大きく踏み出し、国内主要メーカー各社から注文を受けられるまでになったのでした。しかし、80年代にはケース工場として盤石の体制となるも、バブルが弾け、生産拠点を中国に移した国内主要メーカーからの受注は大幅に減ってしまいました。あわや倒産の危機に陥りますが、本業であった工具の生産で持ちこたえ、時計製造はOEM(相手先ブランドでの生産)の依頼が増加。ケース以外にも文字盤やベルトの製造も担うようになったのでした。

工具から始まった時計製造への関わりは、ケースの鍛造、切削、磨き、組立まで社内で対応可能となり、OEMも経験。そしてついに1996年には事実上の総合時計製作メーカーとなり、2005年に「マスタークラフト」シリーズを完成。秋田県皆瀬村(当時)の地名から「MINASE」が誕生することになったのです。

バブル崩壊後、国内主要メーカーからの大幅受注減という危機を乗り越え、そこから下請けだけで終われない自分たちで時計作りをし見返してやるんだ!という反骨精神が生まれ、ミナセ誕生のきっかけとなりました。秋田生まれの先代社長の気概、恐るべしです。

 

世界が認めたミナセの研磨力!(ザラツ研磨について)

ミナセの代名詞ともいえる「ザラツ研磨」。

元々はスイスの往年の加工機材の名称から来ているのに、本場スイスでもごく一部の最高級クラスのブランドの看板モデルクラスのみに施される加工技術。
一般的なケースの研磨は、鍛造して切削したものをバフで磨いて完成となります。しかしバフで磨く前に下地処理としてザラツ研磨を施すことで、磨いた面は歪みが小さくなり、スカッとしたクリアで美しい鏡面加工ができるようになるのです。

残念ながらスイスの高級と言われるブランドレベルでも行われることがなくなってしまったのは、職人の技量によるところが大きいから。ザラツ研磨を使うとケースはきれいに仕上がりますが、優れた職人でないと逆に角が丸くなってしまうというリスクを負います。角が丸くなったケースは高級時計には向きません。しかし優れた職人であれば、ケースの面を整えるのと同時に、角を落とさずにザラツ研磨を施すことができるのです。残った角は2/100mm。手先の感覚だけで、部品との当たりを調整するのは、ミナセでもごく一部の職人にしかできない作業です。

【100年後も語り続けることのできる時計】づくりを目指すMINASE

日本人は元々伝統的な職人芸や職人技を重んじ、作り込まれた作品、製品を大切に使い続け、不具合が出てきたら直して使い続ける・・・という文化でした。

日常的に使うものの多くは、それよりも手頃で手軽に購入できるものに取って代わられ、私の生活はとても便利でラクになりました。

それを全てもう一度日本の伝統工芸品に囲まれた生活にする・・・というのはなかなか難しいものがありますが、日本人として何かしらその文化は忘れず後世に伝えたいものです。

 

「100年後も語り続けることのできる時計」づくりを目指しているMINASEは、ブランドとしてはまだ10数年と決して長い歴史があるわけではありませんが、古来からの伝統工芸やその精神を腕時計の世界で表現したい、残したい、と考えているように感じます。

その象徴といえるのが、「MORE(モア)構造」という組木細工にヒントを得て取入れられたケースやブレスレットなど外装部品の組立の仕組みがあります。

国産、海外製品問わず、だいたいの時計ブランドが以下のようなブレスレットの構造を取ります。

 

これはある高級時計ブランドのブレスレットです。これはコマ側面にネジで留めているタイプ。

多くのスイス製高級時計でこのスタイルを取ります。見ていただくと分かるように、バックルに近い側の数個がネジを外すことによって交換、修理が可能ですが本体側はいわゆる「ハメ殺し(言葉が悪いですが・・・)」となっております。つまり簡単には外れないようになってますが、外れたら場合はブレスレット総交換の可能性も有り得ます。高級クラスの時計ですから、ブレス単体も高級・・・。10万オーバーもザラです。こちらのタイプでしたら20万ほどになるかと思います。

 

こちらは中級クラスの時計ブレスレット。国産、スイスなどのヨーロッパ製の多くが採用するピン留式のタイプ。ネジ式よりコストが掛からず、外す際もネジ式の多くの場合は熱を加えてから外すのでその手間も掛かりません。留める時もネジ留め剤を塗らなくて済むので比較的容易です。で、取り外し可能箇所ですが、1枚め同様に本体近くは「ハメ殺し」となっております。長年使っていると汗などの塩分を含む水分と細かいホコリ等の付着によりサビや金属疲労が起き、いずれは緩んでくることが予想されます。ですので、使い方にもよりますが5~10年ほどでブレス全体の交換の可能性が高いタイプではあります。

一方MINASEのブレスレットをご紹介します。

このように、ブレスレット全てのコマにネジが取り付けられております。このネジを外せば、コマが分解でき各パーツごとに修理、交換が可能となります。

それと大事な点ですが、多くの時計ブレスレットがネジであろうがピン留めであろうがブレスレットサイドで取り付けられているところをMINASEは裏側に取り付けております。

これは、もしネジが緩みだした場合、自分の腕がセンサーとなって緩みを感知できる可能性が高いためです。全部外れるまで気付かず、気付いたらボトッと硬い地面に落としてしまった・・・なんていうことになったら目も当てられません。ブレスレット部分の修理どころか、ガラスが割れ、リューズに負荷がかかり、ムーブメントにもダメージが及びOH(オーバーホール)しなければならなくなるかもしれません。高級時計であればあるほど、その費用は大きいものになってしまいます。それを未然に伏ぐ意味でもMINASEの”裏ネジ”設定は意味のあるものとなります。

作り手の自己満足に陥らず、使う方の身になって構造を考える。それもMINASEが「100年語り続けられる」ために必要なことなのです。

工具メーカーから時計のケースメーカーへ、そして・・・マニュファクチュールへの道

2018年4月、秋田県は湯沢市皆瀬で作られる「MINASE」はついに本格的機械式時計メーカーであればそのメーカーも憧れる「自社一貫生産」=”マニュファクチュール”への道を大きく踏み出しました。時計製造の本場スイスにおいても、ケース、文字盤、そして時計の心臓部であるムーブメントまでを自社内で製造しているところ数えるほどしかありません。それを、日本の中心地から大きく離れたそして大手時計メーカーでもない秋田の旧皆瀬村の工具メーカーが達成しようとしているのです。

しかも、MINASEを作る協和精工社は、ブレスレットや革ベルトまで自社で製造しております。これはスイスや日本、世界的に見ても非常に稀です。もしかすると忘れ去られようとしている「職人魂」を、腕時計の世界で具現化し、100年後も語り続けられるものづくりを目指す。このような会社がこれからも存続し発展し続けて欲しいと願うのは、秋田のそして日本人の総意かもしれません。世界中の時計好き、職人技好きの方の目に触れ、手に取っていただけるだけの価値ある時計だと思います。

 



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